日本自動車博物館 名車解説ブログ

日本自動車博物館おおぶち博士の名車解説です。(展示車は予告なく変更されることがあります。)
スズライト フロンテFEA 況
スズライト フロンテFEA 況拭1967年(昭和42年)




■全長/全幅/全高 2,995×1,295×1,380mm ■車両重量  525kg
■エンジン 空冷2ストローク2気筒 ■総排気量 360cc         
■最高出力 22PS/5,000rpm ■最大トルク  3.1kgm/3,500rpm
■トランスミッション 4段M/T ■最高速度 85km/h ■乗車定員 4人


この車両は、スズキで唯一の乗車であったスズライトフロンテTLA型のモデ ルチェンジ版としてFEA型が登場しました。サスペンションは4輪独立懸架式、 駆動方式が前輪駆動式、エンジンは2サイクルの分離給油方式が(セルミックス 式)採用されました。1967年当時の大卒初任給が26,200円のところ、発 売の価格は38万円でした。


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ダイハツ フェロー
ダイハツ フェロー 1967年(昭和42年)




■全長/全幅/全高 2,990×1,290×1,350mm  ■車両重量 515kg
■エンジン 空冷直列2気筒2サイクル ■総排気量 356cc
■最高出力 23ps/5,000rpm ■最大トルク 3.5kgm/4,000rpm
■変速機 4速MT ■乗車定員 4人



ダイハツ初の軽四輪乗用車として1966年にデビューした。
角張った2ドアボディ(プリズムカット)に合わせて、ヘッドランプまで角形にする拘り様だった。
サスペンションは凝ったつくりの独立懸架方式を採用した。
室内は大人4人が無理なく乗れるスペースも確保されていた。


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三菱 ミニカ
三菱 ミニカ 1967年(昭和42年)




■全長/全幅/全高 2,995×1,295×1,345mm ■車両重量 490kg
■エンジン 空冷2サイクル2気筒 ■総排気量 359cc
■最高出力 21ps/5,500rpm ■最大トルク 3.2kg-m/3,500rpm
■変速機 4速MT ■最高速度 86km/h ■乗車定員 4 人


 61年に登場した軽ボンネットバン、をベースに、ほぼ共通のドライブトレーンやプレスを用い、車体後部構造と グリルデザインを変えることで、4人乗りの軽自動車に仕立てられたものである。
 センターピラーから後ろをノッチバックスタイルに変更、リアウインドウを垂直に立てることで、乗用車としての ヘッドクリアランスを得た。
 駆動方式もベースモデルと共通のフロントエンジン・リアドライブで、リアエンジンが一般的だった当時自動車の中 では、最も広いトランクを備えることがセールスポイントであった。


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コニー グッピー
コニー グッピー 1962年(昭和37年)  




■全長/全幅/全高 2,565×1,265×1,290mm ■車両重量 275kg
■エンジン 空冷単気筒2サイクル ■総排気量 199cc
■最高出力 11ps/6,000rpm ■最大トルク 1.6kgm/4,000rpm
■変速機 3速MT ■乗車定員 2人


この車は、軽乗用車とスクーターの隙間を埋める為、1961年に発売されたが、軽オートバイやスクーターを商用に使う人たちには22万5千円の価格は高すぎた。
1965年日産と業務提携も結ばれ、1969年にはコニー販売店の全てに「日産コニー」の看板を掲げ、シェア・アップを図るも、1970年、愛知機械は遂に完成車製造を断念、コニーは約10年の歴史に終わりを告げた。
この間の総生産数は32万台といわれ、コニー・グッピーの先進的な使用目的とデザインは高い評価を残した。



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スバル360 K111
スバル360 K111 1959年(昭和34年)



■全長/全幅/全高 2,990×1,300×1,380mm ■車両重量 385kg
■エンジン 空冷 2 気筒 2 サイクル ■総排気量 356cc
■最高出力 16ps/4500rpm ■最大トルク 3kg-m/3000rpm
■変速機 4 速MT ■乗車定員 4 人


試作型から改良され変速パターンが横Hから縦Hになった。
外観上はフロントバンパーが一本化されただけだが、シフトは2〜3速にシンクロを採用し、運転がかなり楽になり、この頃から“テントウ虫”と言われ、人気が高かった。
この車両は初期型に近くヘッドライトの形状が独特で通称 出目金と呼ばれていた。


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ニューエラ
ニューエラ 1930年(昭和5年)



■全長/全幅/全高 2,730×1,170×1,810mm
■エンジン 空冷単気筒SV型 ■総排気量 499cc
■最高出力 5ps ■変速機 前進 3 段 ■乗車定員 1


白楊社で製造部長としてオートモ号などの開発に関わった蒔田徹司氏は、1926年(大正15年)に秀工舎を設立し、国産の三輪自動車の開発を始めた。
1927年(昭和2年)イギリス製(350cc)JAP型エンジンを搭載したオート三輪を完成し内務省の許可を受けた。
1929年(昭和4年)蒔田氏は、空冷4サイクルサイドバルブ350ccのエンジンを開発完成した。
1930年(昭和5年)規則改正により500ccとなった。国内では、この1台のみである。


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日野 コンテッサ 1300 試作車
日野 コンテッサ1300S(スポーツ)マーク供1966年(昭和41年)試作




■エンジン OHV 直列4気筒 ■排気量 1,251cc
■駆動方式 RR ■乗車定員 5人


この車は、1964年発表のオリジナルの発展モデルの計画の一環として1967年パワーアップ版を市場化した後のマイナーチェンジ版として市場化に目指した。1966年に量産車をベースに当時の一般的であった外装のファイスリフトや部品の簡素化を進め、ダッシュボードを含め内装の変更を評価版として進めた。これらは、ジョパンニ・ミケロッティ氏が大きく関わり、特にダッシュボードは その後の世界のトレンドとなった。
 マーク兇了邵郤屬蓮▲札瀬鵤澗罅■咾1台、クーペが1台製作された。仕様(全長/全幅/全高、車両重量、エンジン性能)については不明である。ただ、量産車同様のリアエンジンであることは変わっていない。


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日野ルノー 4CV
日野ルノー 4CV 1959年(昭和34年)



■全長/全幅/全高 3,685×1,435×1,440mm ■車両重量 665kg
■エンジン OHV4 気筒 ■総排気量 748cc
■最高出力 21ps/4000rpm ■最大トルク 5.0kg-m/1800rpm
■変速機 4 速 MT ■乗車定員 5 人


1953年からノックダウン生産開始し1957年から完全国産化になった。国産化の過程で日本の使用条件に合わせ、バンパーの延長、足まわりの補強や乗り心地の改善が図られ次第に重量が増加し、最終時には約100kgプラスの665kgになった。
4CVは1963年まで生産されていた。
軽量で小回りの利くミニマムな4ドアなのでタクシーにも良く使われた。
通称「亀の子ルノー」と呼ばれた。


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三菱 500
三菱 500 1960年(昭和35年)



■全長/全幅/全高 3,140×1,390×1,380mm ■車両重量 490kg
■エンジン 空冷直列 2 気筒 OHV ■総排気量 493cc
■最高出力 21ps/5000rpm ■最大トルク 3.4kg-m/3800rpm
■変速機 3 速MT ■乗車定員 4 人

1959年秋の東京モーターショーでベールを脱ぎ、翌60年4月から全国統一39万円で発売された。
特徴的なのは4輪独立のサスペンションでフロントはトレーリング、ロッカーアーム方式とでも言うべきもので車輪の上下動がステアリングにまったく干渉しないのが特色で、リアはトリーリングアームのコイルによる独立式である。


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フジ・キャビン
富士自動車 1956年(昭和31年)



■全長/全幅/全高 2,950×1,270×1,250mm ■車両重量 150kg
■エンジン 空冷2サイクル単気筒 ■総排気量 122cc
■最高出力 5.5/5000rpm ■最大トルク 0.94kg-m/3,300rpm
■変速機 3速MT ■乗車定員 2人

フジ・キャビンは住江製作所の“フライング・フェザー”の設計で知られる富谷龍一氏が富士自動車に移籍してから設計した。
軽量でミニマムな乗用車作りへのこだわりは、ボディをFRPで製作、しかもモノコック構造としたことだった。
当時FRPで車を作る事など考えられず、FRP自体も未知のものだった。
鉄板よりも軽く、錆による腐食もなく、流れるような曲面、そしてヘッドライト1個、一体構造のキャビンという“フジ・キャビン”は1955年の全日本自動車ショーで注目を浴び、1956年から生産され、1957年量産不可能になるまで85台が生産された。
富士自動車立川工場はその後ゼノアを経て、小松製作所グループの小松ゼノア本社工場で操業している。

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Feb.2017
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